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2014年10月21日

走り始めた「まち・ひと・しごと」の創生

安倍首相は、9月3日の閣議で、内閣総理大臣を本部長とする新組織「まち・ひと・しごと創生本部」の設置を決めた。石破地方創生担当大臣と菅官房長官を副本部長に据えて、「元気で豊かな地方の創生」を目指す。
創生本部が9月12日に策定した基本方針によれば、同本部は、人口減少の克服・地方再生のための「司令塔」として、「まち・ひと・しごと創生会議」等における議論を総括し、必要な施策を随時実行していく。このため、国と地方が総力を挙げて取り組むための指針となる「総合戦略」を年内にも決定するとしている。

ここに来て、地方創生が第二次安倍内閣の新たな重要課題として浮上してきた背景には、民間機関である「日本創生会議」の分科会(座長・増田寛也元総務相)が今年5月に発表した「消滅自治体リスト」の存在がある。
日本創生会議分科会が公表したこのリストは、20~39歳の若年女性の人口をその地域の将来を決定付ける指標と位置づけ、地方から大都市への人口流入が今後も継続するという前提で、その将来推計を自治体別に試算したものである。その推計によれば、調査対象とした約1800の市区町村のうち、若年女性が2040年までに半数以下に減ってしまう都市が896と約半数に上った。増田氏はこれらを「消滅可能都市」と呼び、このうち人口1万人を割る523自治体についてはより消滅の可能性が高いとした。
これに対する首相の反応は早く、出雲大社を訪問した6月14日に地方創生本部の設置を表明、6月24日に閣議決定した経済財政運営の指針(「骨太方針」)において、「50年後に1億人程度の安定した人口構造を保持する」という方針を示すとともに、「東京への一極集中に歯止めをかける」として、地方の活性化に本腰を入れて取り組む姿勢を明確に打ち出した。

しかし、一口に地方創生といっても、そのハードルはきわめて高い。それは言うまでもなく地方の状況は千差万別であり、画一的に対策を当てはめればいいというものではないからである。たとえば、札幌、仙台、広島、福岡に代表されるブロック拠点都市の強化を議論するのであれば、東京からの機能移転や支店経済からの脱却が不可欠であり、農林水産業を主体とする地域であれば、6次産業化(注1)など競争力のある農林水産業の展開が求められるなど、地域の実情に応じた多様な取り組みが前提となる。大都市から地方への若者らの移住支援、地方における若者の定住促進、出生率の向上などの少子化・人口流出防止対策も安定した雇用の創出がなければ絵に描いた餅になりかねない。
また、高度成長期を通じて、住宅、商業機能、公共公益施設の郊外化が進む一方、中心市街地の空洞化が顕著となっている地方都市については、中心市街地の商業活性化、公共公益施設の都心回帰、街中への居住人口の誘導を図るとともに、郊外の新規開発の抑制や土地の利用規制の強化など多面的な施策を総合的に実施する必要があるとされている。さらに、こうした人口減少時代における地方の活性化をめぐっては、いわゆるコンパクトシティ(注2)の考え方を軸に、複数の省庁が構想を策定しており、各省庁の縦割りによる重複をどう排除していくかも課題となる。

このように地方創生はかなりハードルの高い政策課題であるが、前述の「まち・ひと・しごと創生本部」が策定した「基本方針」は、①若い世代の就労・結婚・子育ての希望の実現、②東京一極集中の歯止め、③地域の特性に即した地方課題の解決の3つを基本的視点として、魅力あふれる地方を創生し、地方への人の流れをつくることを基本目標に掲げている。その上で、この目標を達成するために、以下の項目について集中的に検討を進め、改革を実行に移すとしている。

  • 地方への新しい人の流れをつくる
  • 地方に仕事をつくり、安心して働けるようにする
  • 若い世代の結婚・出産・子育ての希望をかなえる
  • 時代にあった地域を作り、安心な暮らしを守る
  • 地域と地域を連携する

また、取り組みにあたっては、「縦割り」を排除するとともに、個性あふれる「まち・ひと・しごと」創生のため、全国どこでも同じような枠にはめるような画一的な手法はとらないとしている。

こうした基本方針の下に、政府は、「まち・ひと・しごと創生総合戦略」の策定を目指し、9月29日には、関連法案である「まち・ひと・しごと創生法案」と「地域再生法の一部を改正する法律案」を臨時国会に提出した。実効的な戦略が策定できるかどうか、創生会議での検討が注目されるところである。

(注1) 第一次産業である農林水産業が、農林水産物の生産だけにとどまらず、それを原材料とする加工食品の製造・販売や観光農園など地域資源を生かしたサービスなど、第二次産業や第三次産業に進出すること。こうした農林漁業者による事業の多角化と高度化を指して「6次産業化」という。「6次」の「6」は、1+2+3=6ではなく1*2*3=6である。足し算ではなく掛け算にしたのは一次産業がゼロになれば6次産業化も成り立たないという意味を込めたものといわれている。
(注2) コンパクトシティとは、「都市活動(居住・業務他)の密度が高く、効率的な空間利用がなされた、自動車に依存しない交通環境負荷の小さい都市」(筑波大学 谷口守教授)のことである。

大橋 善晃
モークワン顧問
日本証券経済研究所特別嘱託調査員
日本証券アナリスト協会検定会員
(元日本証券アナリスト協会副会長)

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