成長戦略は進化するか?
「日本再興戦略」の改訂作業が進められている。言うまでもなく、成長戦略はアベノミクスの成否を担う鍵である。
アベノミクスの第三の矢として策定された「日本再興戦略」は、①産業再興プラン、②戦略市場創造プラン、③国際展開戦略、という三つの柱で構成されている。この「日本再興戦略」については、包括的な成長促進策としての方向性を評価する声は高いものの、掲げられた高い目標を実現するための具体策が小粒で力不足だという見方が多く、とりわけ、雇用・人材分野、医療・介護分野、農業分野における一層の構造改革が必要であるとされた。
こうした声を受けて、政府は、平成25年9月、産業競争力会議の下部組織として、「雇用・人材」「医療・介護等」「農業」の3分野にかかわる分科会を設置し、集中的な議論を開始している。
ここで、成長戦略にかかわるこれまでの主な取り組みを概観すれば、まず、第185回臨時国会において、「成長戦略の当面の実施方針」(H25.10.1 日本経済再生本部決定)に基づき、産業競争力強化法、国家戦略特別区域法、電気事業法改正法、農地中間管理事業推進法など9本の成長戦略関連法案を成立させている。さらに、平成26年1月24日には、成長戦略関連の重点施策の実行を加速化するために、産業競争力強化法に基づく「産業競争力の強化に関する実行計画」を策定している。この実行計画は、当面3年間に実施する規制・制度改革を中心とした施策について、その項目及び内容、実施期限、担当大臣を明示したもので、生産性の高い設備への投資を促進するための取り組みや、いわゆる「日本版NIH(National Institute of Health:アメリカ国立衛生研究所)」の設立、電力小売りへの参入自由化などの取り組みを明記している。
一方、成長戦略において「残された課題」とされた3分野については、前述の産業競争力会議分科会等において集中的な議論が行われ、雇用・人材分野、医療・介護分野については、今後実施していくべき具体的な施策が中間報告として取りまとめられた(H25.12.6)。また、農業分野については、分科会での議論を農林水産業・地域の活力創造本部(内閣府)に報告し、同本部において「農林水産業・地域の活力創造プラン」が策定されている(H25.12.10)。
こうした分科会等での議論を踏まえて、産業競争力会議は、平成26年1月20日、規制・制度改革など施策の具体化に結び付けていくべき課題についての検討方針を、「成長戦略進化のための今後の検討方針」(以下「検討方針」という)として取りまとめた。今後は、この「検討方針」に従って、規制改革会議など関係する諸会議と連携を取りながら検討を進め、年央に改訂される成長戦略に反映させていくことになる。
「検討方針」は、年央に予定されている成長戦略の改訂に向けて、わが国の潜在成長力の抜本的な底上げを図り、持続的な成長軌道に乗せるための視点として、①働く人と企業にとって世界トップレベルの活動しやすい環境を実現する、②モノづくりに加えて、これまで成長産業と見なされてこなかった分野を新たに成長エンジンに育て上げる、③成長の果実を地域・中小企業に波及させていくとともに持続可能性のある新たな地域構造を創り上げていく、という三つの視点を掲げた。
第一の視点にかかわる検討課題の一つ目は、「女性の活躍推進と全員参加型社会のための働き方改革」であり、女性の活躍を妨げる障害を解消し、支援を強化するための具体的方策を取りまとめ、強力に取り組むことである。「検討方針」は、平成26年年央をめどに、その具体策を取りまとめるとしている。さらに、女性や高齢者など多様な人材による多様な生き方を可能とする新たな「日本的就業システム」を構築し、これまでの「就社」型の働き方に加えて、職務・能力を明確化した「就業」型の働き方の確立を図るために、今後5年間を「世界トップレベルの雇用環境」を目指した集中改革期間と位置づけ、雇用・労働市場改革に取り組むとしている。
二つ目の課題は、「日本社会の内なるグローバル化」である。日本国内の徹底したグローバル化を推進するために、多様な価値観や経験、ノウハウ、技術を持った海外の優秀な人材を引き付け、その受け入れを拡大していくための制度改革・環境整備や、国際金融センターとしての地位確立を目指した金融・資本市場の活性化に向けた課題に取り組む。
三つ目は、「イノベーション・ベンチャー、ITの加速化と事業環境の向上」である。そのために、IT社会における利活用ルールの在り方、イノベーション創出のための人材・組織の在り方を検討するとともに、エネルギーの安定供給・コスト低減に向けた課題に取り組む。
第二の視点にかかわる検討課題は、「社会保障の持続的可能性と質の高いヘルスケアサービスの成長産業化」と「農林水産業の成長産業化に向けた改革」の二つである。前者については、医療・介護等分科会の中間整理に従って、効率的で質の高いサービス体制の確立、保険給付対象範囲の整理・検討、公的保険外のサービス産業の活性化、医療介護のICT化、の各課題に取り組む。後者については、「農林水産業・地域の活力創造プラン」に従い、起業ノウハウの活用促進、6次産業化の推進や輸出促進など産業としての競争力強化に向けた課題に取り組むとともに、規制会議と密接に連携しながら、意欲ある多様な担い手が地域や市町村の範囲を超えて農業を展開できる環境整備に向けた課題の検討を行うとしている。
第三の視点については、人口減少の中でも持続可能で活力ある地域社会を構築していくため、都市機能の集約による地域の成長の核となる「コンパクトな都市づくり」と、これと一体になった公共交通の充実を図るとともに、成長戦略の効果を地域経済や中小企業・小規模事業者にも広げていくために、地域関連の政策資源の有効活用を図り、中小企業・小規模事業者の活性化に取り組むとした。
残された課題であるだけに、いずれも難題である。成長戦略の進化は、年央までに、上記三つの視点に沿った実効性の高い具体策が打ち出せるかどうかにかかっている。産業競争力会議における検討を注意深く見守っていく必要があろう。
大橋 善晃
モークワン顧問
日本証券経済研究所特別嘱託調査員
日本証券アナリスト協会検定会員
(元日本証券アナリスト協会副会長)